徒然乙女

30代アメリカ駐在女子の徒然なる日常

32歳になりました

 たまに、女性の年齢はクリスマスケーキに例えられることがありますよね。24日(24歳)になるまではどんどん需要が高まり、25日(25歳)はギリセーフだけど、あとは一気に売れ残り、みたいな。こういうの、年齢というものにネガティブなイメージをお持ちのアジア文化的なかんじがする、失礼しちゃう。と思いながらも、まぁその暦で数えると、32歳って、売れ残りどころか、カレンダーから外れてしまった。マーケットにも残っていないわけ。もはや年始。新しい朝が来た、希望の朝だよね?

 

 せっかく誕生日という節目の日にいるので、年齢について考えてみる。

 まず、キャリアについて。幸い、仕事や報酬に不満はない。ワークライフバランスや、仕事上の人間関係にもそこまで困っていない。これはとてもラッキーなことだ。海外勤務の希望も叶い、それなりに頑張ろうとは思っているが、べつに今の仕事に生きがいだとかを求めていないし、基本的には「仕事は余暇のため」がモットーの私は、キャリアというテーマをピックアップしたくせにこれ以上特に仕事について語ることがない。

 

 プライベートについては、最近はただ好きなことをしているだけ(それもウィルスによる自粛のため、だいたいひとりで)。彼氏はしばらくいないし、バツイチ。出逢いの機会はなくはないけど(多分)、ひとりで好きなことをするのが楽しいフェーズに入ってしまったらしい。恋愛とか関係構築が、とにかく面倒なのだ。これはいままでの私からすると、病気。

 私は割と図太く、ふだん年齢を気にすることはあまりないけど、友達の結婚式とか後輩の出産とか、そういうイベントからは少し目をそむけたくなる。あと親のことを考えたとき。孫の顔が見たいかな、とかね。”まだ大丈夫だよね。でもいつまで大丈夫なんだろう。あとで後悔したくないな”、とか、”このままひとりじゃ寂しいな”と不安になる夜もある。なのに結婚や出産にそこまで焦っていない自分に、少し心配にはなる。いつまで市場で戦えると思ってるんだ?って。ただ、結婚とか、家庭を持つことに今はあまり希望を見出せないので仕方ない。答えはないけど、今こんな感じ。気ままに生きている。

 

 ポジティブな話をすると、私は30歳超えたあたりからの人生が断然楽しくなってきた。自分のことがよく分かってきて、社会のこともよく分かってきて、器用に生きられるようになった。好きなことを選んでするようになった。一緒にいて楽しい人と付き合えるようになった。自分に必要のないことは断れるようになった。もちろんまだまだ失敗もするしヘコむことだってたくさんあるけど、20代の時に、がむしゃらというか、必死でもがいて、「やりたくないことも勉強」と思って頑張っていた自分が可愛く思えるときがある。数年前の失敗や過ちを後悔する日も多いけど、その失敗のおかげで今の生活がラクになっているんだよね。そう信じたい。

 

 さて、仕事をしているふりをしながらキーボードをカシャカシャさせたこの記事の内容を振り返ってみると、全っ然中身がない。要は「最近は緩く楽しく生きています」って感じ?ストレスもないけど刺激もないわ、大丈夫か。このまましれーっと5、6年が過ぎて、アラフォーになって焦るのかな。怖い。

 でもさ、売れ残りのクリスマスケーキだなんて、誰かは言うのかもしれないかもしれないけど、自分ではそう思いたくないよね。まだキラキラの32歳。振り返って中身がなくたって、楽しかったと思える一年にしたい。